ホームレスのおばあちゃんがあまりにも暑そうに見えて
田舎のおばあちゃんを思い出してしまって
近くのコンビニに入って、お茶とおにぎりとカロリーメイト的なものを購入。
『これ、どうぞ』
私は不定期にこういうことをする。
1人の人間に一度の施しをすることによって
『魚をあげるのではなく、釣り方を教え、釣竿を与えなさい』
という個人的な方針には背くのだが
どうしても、おばあちゃんを見るとほうっておけないときがある。
特に時間に余裕があるときはそう。
どうしても気にかかって引き返してしまう。
話を戻そう。
『中国か台湾の方?』
ん?????私が!?なぜ?
聞くと、私の話し方が片言だったから、
そして、昔、そういうお店を新宿で開いていたから、という答えが返ってきた。
『どこ出身なの?』と聞かれるままに少しの間だけお話。
たまたまおばあちゃんも四国出身で(愛媛だったけど)
少しだけ身の上話を聞いた。
話したかったようで、話は永遠にしたかったみたいだが
結局、行かなければいけない場所もあったので、話を打ち切り、私は歩き出した。
個人的にすごく思うのは、私もああいう風に路上で生活するようになるかもしれない、という気持ち。
病気になったときは、そういう気持ちになったときもあった。
誰とも結婚できず、親が亡くなり、兄弟にも見捨てられ、寝たきりで何もできない自分。
誰もお見舞いに来ず、一人ぼっちでお金もなく、路上にいる自分。
今はたまたま家族に恵まれて、生活しているけど
いつどこでどんなことが起きるのかは誰にも分からない。
麒麟の田村のようにある日突然『解散!』と言い渡されるかもしれない。
おばあちゃんは故郷に帰りたいと言った。でも、お金がなくて帰れないのだ、と。
お金をその場で出してあげようか、とも思ったがやめた。
私のできることなんてたかがしれている。
でも。こんな暑い日に道で1人ぼっちで手をふっているおばあちゃんを見ると
なんとなく切なくなるのだ。
おばあちゃんは『気をつけてね。ありがとう。ありがとう』と手を振っていた。
本当に私が見えなくなるまで。
おばあちゃんの声だけが私に届いていた。