ダイヤモンド社が運営するメンター・ダイヤモンド学生記者クラブのBlogです。

月別バックナンバー:2009年3 月


学生記者クラブBlog アーカイブ【2009-3月】

 2009.3.1

言語から見える負の遺産(中央大学 重村辰旭)

少しの仕事で大事を成し遂げた気持ちになるな(中央大学 中山大祐)

2009.3.2

今につながっていること(明治大学 平山雄大)

いよいよ実現間近?未来の自動車(慶応義塾大学 浦川雄登)

カンボジアへ行ってきます!(早稲田大学 川崎真一郎)

2009.3.3

人生初の進路決定(中央大学 中山大祐)

2009.3.4

明日から私の毎日は非日常になる(慶応大学 浦川雄登)

就活生に「あの企業の経営理念」がおススメ!(中央大学 中山大祐)

   感謝の気持ち(中央大学 上野香織)

2009.3.5

大勢のなかでキラリと輝くには(立教大学 丸岡絵里奈)

信頼は裏切ってはいけない(中央大学 中山大祐)

2009.3.6

途上国の”明”と”暗”(早稲田大学 川崎真一郎)

お久しぶりのブログです(早稲田大学 福田 佳那子)2009.3.16

クメール人、家族の絆(早稲田大学 川崎真一郎)

  九州のあの知事が東京ミッドタウンに来た!(中央大学 中山大祐)

素敵だと思える人は(立教大学 丸岡絵里奈)

2009.3.7

ダメ出ししてくれる人の大切さ(中央大学 中山大祐)

   かな日記 ~降水確率100%~(早稲田大学 福田佳那子)

自国の言葉に自信を持つ(中央大学 上野香織)

2009.3.8

人生のMission&Vision(慶應義塾大学 浦川雄登)

世界がもし100人の村だったら (中央大学 上野香織)

2009.3.9

失敗を恐れない(早稲田大学 福田佳那子)

投資=感謝して応援する (横浜市立大学 高尾育穂)

世界がもし100人の村だったら6(中央大学 上野香織)

2009.3.10

壁にぶつかってしまったときは(立教大学 丸岡絵里奈)

   あいさつ^^ (中央大学 上野香織)

2009.3.11

旅をするということ(早稲田大学 川崎真一郎)

おばあちゃんの健康法 (横浜市立大学 高尾育穂)

2009.3.12

一緒に働きたい人は(立教大学 丸岡絵里奈)

Do not think , feel!(早稲田大学 川崎真一郎)

早起きは3文の得(明治大学 平山雄大)

2009.3.13

ああ、人はこの時間をお金を出して買うのか(早稲田大学 川崎真一郎)

かな日記「人の出会い。ただそれだけ」(早稲田大学 福田佳那子)

2009.3.14

現場を見ないとわからないことin大阪・心斎橋(明治大学 平山雄大)

ケータイ電話に依存しずぎ注意報(中央大学 上野香織)

2009.3.15

かな日記☆ 夢が叶ってく・・(早稲田大学 福田佳那子)

  自分の好きな服装=自分の武器(中央大学 中山大祐)

    カンボジアの常識は日本の非常識?(早稲田大学 川崎真一郎)

献血で貧血(慶応義塾大学 浦川雄登)2009.3.17

「思い出」ビジネス(慶応義塾大学 大久保知智)

2009.3.18

自分を一言で言い表すならば(立教大学 丸岡絵里奈)

最高の誕生日プレゼント(中央大学 重村辰旭)

2009.3.19

必殺・ゴン流読書術!(中央大学 中山大祐)

未納が増えると年金が破綻するの?(横浜市立大学 高尾育穂)

2009.3.20

会社はどこに行っても同じ(中央大学 重村辰旭)

2009.3.21

記録することの大切さ(中央大学 重村辰旭)

就職、転職活動をしている人たちへ(立教大学 丸岡絵里奈)

2009.3.22

札幌^^ (中央大学 上野 香織)

2009.3.23

アジア人のホスピタリティ(早稲田大学 川崎真一郎)

3連休いかがお過ごしですか?(中央大学 中山大祐)

2009.3.24

かな日記☆ 千の夜を超えて(早稲田大学 福田佳那子)

2009.3.25

4年間にありがとう(立教大学 丸岡絵里奈)

ポル=ポト大虐殺、彼はただ一言・・・(早稲田大学 川崎真一郎)

2009.3.26

かな日記☆ ~卒業~(早稲田大学 福田佳那子)

外国語本のない羽田国際線(中央大学 重村辰旭)

2009.3.29

私の弟(中央大学 上野香織)

全ては僕のプラスになる (中央大学 重村辰旭)

2009.3.28

カンボジアの黒歴史、キリングフィールド(早稲田大学 川崎真一郎)

リーダーの演技力(明治大学 平山雄大)

かな日記、重村君へのラブレター(早稲田大学 福田佳那子)

2009.3.30

現場を見ないとわからないことin関空(明治大学 平山雄大)

Now is good(独協大学 丸賀江里子)

卒業(立教大学 丸岡絵里奈)

2009.3.31

かな日記☆「桜が咲く頃」(早稲田大学 福田佳那子)

陸路のススメ(早稲田大学 川崎真一郎)

 

 

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かな日記☆「桜が咲く頃」(早稲田大学 福田佳那子)

3月×日

昨日も今日も天気がいいのに、吹く風はとても冷たいですね。

去年は今の時期だと桜が満開だった気がするけど、学校の入口に咲いている桜はまだ5分咲きといったところです。

早く満開になって、ポカポカになってくれればいいのに・・。

 

桜満開に咲いた頃、親友は新社会人として社会へと羽ばたいていき、構内には高校を卒業した新米大学生が入学してきます。

私はきっと、4年間通いなれた早稲田大学理工学部から研究場所を変えて、今までやりたかった臨床に近いテーマで研究に励むことになります。

 

それぞれが別々の道を歩み始めたとき、きっと頼りになるのはいつでも変わらずに咲いていた校舎の近くにある桜が

今年も例年と同じように満開に咲いてくれること。

 

桜が咲く頃、それぞれの道へきちんと羽ばたけていけますように。

 

 

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陸路のススメ(早稲田大学 川崎真一郎)

僕はこの旅において、移動手段は全て陸路を使いました。

空路を使えばどんなにかかっても半日しかからないところを2日かけて移動したのですが、

だからこそ見えることがたくさんありました。

 

 

タイ、バンコクのカオサン通りから出るバスに乗ってカンボジアとの国境である

ポイペト(カンボジア)という都市を目指します。

 

 

バンコクを出ると、予想通り田園地帯が広がり、多くの農村家屋がぱらぱらと建っているのですが

やはり経済格差があるな、という感じはしました。

しかし、思ったよりは貧しくなく、ちゃんとした生活ができているように感じました。

道路もしっかりと整備されていましたし、インフラに関しては大丈夫だ、というのが感想です。

 

 

バスに乗って約5時間、カンボジアとの国境へとたどり着きました。

到着した瞬間からすこし雰囲気が違うといった印象を受けましたが、手続きを終え、

いざポイペトへ入ると、そこではまったくといっていいほど違う光景に衝撃を受けました。

 

 

たしかにタイの農村地帯も田舎でしたが、

カンボジアはまだインフラがしっかりしていなく、道路には砂煙が舞い、人々の服装も対とは違っていました。

ポイペトを出るとそれはさらに顕在化し、整備し切れていない道路もあるし、

農村地帯にある家屋の作りから農地の状況までったくといっていいほど異なっていました。

 

 

隣の国であるのにもかかわらず、これほどまで違うとは・・・と、誰もが思ったでしょう。

それほどに違うのです。

陸路で国境を越えるからこそわかることです。

 

 

空路も確かに時間的には効率的ですが、陸路を使うことによってまた見えてくるものがあります。

時間がある方は是非!

 

 

バンコクからシェムリアップまで9ドルで行けますのでどうぞ!

 

 

 

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新しいステージの始まり(立教大学 丸岡絵里奈)

今日、3月31日をもって、私は「大学生」という名のステージを降りることになります。

 

明日からはまた新しいステージが私を待ってくれています。

 

そのステージに上るのは、とても不安で、緊張もあるけれど、それ以上に今は期待と、ワクワク感でいっぱいです。

 

だってそのステージは、たくさんの時間とパワーをつかってやっと見つけた、そこでなら私は私らしく立ち回れる、私らしく輝いていける!と感じた、憧れのステージなのだから!!

 

 

内定者のアルバイトという立場で、数ヶ月の短い期間でしたが、そのステージに少し足を踏み入れさせて頂き、舞台袖から、そのステージでスポットライトを受けながら輝く先輩たちの姿を、間近で見させていただくことができました。

 

その先輩たちの姿は、皆さんいつも、とても、とてもまぶしかったのです。

 

そんな先輩の姿を見るたび、早くあそこで先輩たちと一緒に私も輝きたい!という思いが募っていきました。

 

そして本格的に、私もそのステージに上がるときがやってきました。

 

もちろん、そのステージに上がれば、先輩たちのように輝けるというわけではありません。

 

近くで見させていただくなかで、先輩たちは、そのステージで輝くために、私の想像をはるかに越える、影の努力を日々積んでいるということも知ることができました。

 

そんなことが私にもできるのだろうか、と不安になったときもありましたが、それでも毎日キラキラとしている先輩を見るたびに、そんな思いは拭き飛んでいきました。

 

 

 

実際にそのステージに上がってみると、今では想像もできないような大変なことがあるかもしれない。

 

くじけそうになることもあるかもしれない。

 

そんなときは少し立ち止まって、私を応援してくれる、家族や、仲間、大切な人のこと、そして、今のこの気持ちを思い出そう。

 

私には、背中を押してくれる、力強い味方や、温かい思い出がたくさんあるのだ。

何も怖くない。

 

 

 

私のことを見守ってくれている人たちに恥じないように、いつその人たちに会っても、

「今、最高に楽しいです!」と今よりももっと成長した自分で、胸を張って言えるように、

明日から私は『ノバレーゼ』というステージで、自分らしく輝くために頑張っていきたいと思います!

 

 

 

今までこのブログを見てくださった方、本当にありがとうございました。

 

心からの感謝を伝え、このブログを終わりたいと思います。

 

本当にありがとうございました!!

 

 

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現場を見ないとわからないことin関空(明治大学 平山雄大)

 大阪旅行でみたもの。第2弾は、東京に帰る時に使った関西国際空港の惨状レポートです。

 

 関西国際空港は94年開業ですが、その5年後航空整備士をなさっている友人のお父様が成田から関空に転勤になり、友人も一時引っ越してしまったため、99年ごろには半年に一度のペースで和歌山の社宅に遊びに行くため利用していましたが、その時の雰囲気とは全く違ったものになっていました。ピカピカに輝いていた大入りの満員の空港が、スカスカになっていました。

 

 90年代後半の航空業界は、国際テロリズムの影響がさほど大きくなく、また比較的石油価格が安かったこともあり、今よりも経営的に余裕があった時期と記憶していますが、関西発の国際線が今よりも相当多い時期でした。

 

 

 最近の地方にお住まいの方の海外渡航は大韓航空かアシアナ航空をつかってソウル経由での出発が増えていますが、関空開港から2000年代初めまでは地方の方が国内線から同じ空港で乗り換えられる関空を使って出国したり、東京周辺にお住まいの方でも成田よりもアクセスに便利な羽田から関空に向かい、それから乗り換えるルートが注目され、千葉県民にとっては悔しい状況が続いていました。 ターミナルの構造が、優美なかまぼこ型の曲線を描いた関空のほうが四角四面の成田空港よりも人にやさしいと言われたり、国内線から国際線への乗り換えに要する動線がスムーズで良いと報じられたことも覚えています。ターミナルビルの真向いにホテルを建てるというコンセプトも当時は斬新でした。

 

 

 しかし、3月13日金曜日の関西空港は閑散としていました。原因は国内線に関しても国際線同様、最盛期に比べると発着奇数が減少していますが、それ以上に進められていたのが使用する旅客機の小型化です。東京羽田線に関していうと、伊丹発は日本航空の場合普通席が279席ある大型機が全便で使われています。ところが関空発は普通席の数が130~140席ぐらいの中型機で運行されています。かつて友人を訪ねた時はピカピカのジャンボで関空に向かったことから比較すると1つの飛行機で移動する乗客は半分以下となります。

 

 

 搭乗エリアの売店用区画の一部はシャッターで閉ざされていましたが、当初の利用規模から比較すると無理もなさそうです。行く前から報道などで、関西空港会社の苦境は知っているつもりでしたが、予想以上で成田空港会社が行った免税店やお土産物屋さん・飲食店のテナント収入で経営基盤強化を図る道も苦しそうです。大昔に阪急電鉄が「すいてて座れる阪急電車」みたいな宣伝をしていたことがあると本で読んだことがありますが、今の関空もベンチに荷物を載せたり、1人で4席ぐらい使っても迷惑をかけなそうな状態です。

 

 

 ただ、今後大阪市内と関空の中間地点の堺市に建設中の液晶コンビナートが完成し、各国での地上波デジタル化の進行で薄型テレビの需要が世界的に回復し急拡大しても国際物流インフラ的には安心と考えることもでき、決して光明がないとは言えないと思いました。

 

 

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Now is good(独協大学 丸賀江里子)

「Now is good」
 
 
 
 はじめまして。
新しくメンターダイヤモンド学生記者クラブに入った、獨協大学1年生の丸賀と申します。
本日が初ブログなので、温かい目で見ていただければ幸いです。
 
 
 
最近よく考えるのが、「Now is good」という言葉の意味です。
この言葉は、大学の教授が秋学期最後の英語の授業で私達生徒に送ってくれた言葉でした。
はじめは、今を肯定することで妥協するという意味合いに勘違いしてとらえていたので、
え?そんなのでいいの?と疑問に思いました。
しかし、教授の話をよく聴いていると、「Now is good」とは今の自分でいいんだ、
と認める強さなのだとわかりました。
 
今の自分を肯定する、”今”という制限がなくとも、
自分自身を肯定するということは案外難しいことだと思います。
私自身、たとえば2008年を振り返っても、
自分を肯定した回数より否定した回数のほうが遥かに多かったと思います。
 そして、自分を否定することが良い結果に繋がっているかと言えば、
必ずしもそうではありませんでした。
だからこそ、「Now is good」という概念はとても響きました。
 
結局のところ、人間反省するばかりでも肯定するばかりでもうまくいかないんだろうなと思います。
反省と肯定のバランス(自分にとっての黄金比)を見つけていくことがうまく生きられるコツなのかなと思います。
うまく生きるというと語弊があるかもしれませんが、つまりは自分自身を楽にさせてあげられるという意味です。
人間やっぱり辛く重く生きていたら、どこかで息切れしてしまいます。
 
それに加えて、今の私に必要なのは、自分の精神に触れたうえでそれを実践・実行に繋げること。
少し話は変わりますが、私の今年の目標は「行動すること」です。
アクティブ・アクションということが出来ているようで出来ていない中途半端な私。
中途半端ほど不安定で不確実なものはないと思うので、
このここ3年くらい続いている置き去りの課題を本気で見直さなければいけないと思います。
 
せっかくメンター・ダイヤモンド学生記者クラブという素晴らしい組織にも出会えたので、
自信をもって自分という人間をアピールできるように、日々精進していきたいと思います。
 
色々硬い事を書きましたが、要約すれば、「懸命に生きたい!」ということです。
頑張れ私。

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卒業(立教大学 丸岡絵里奈)

こんにちは!立教大学4年丸岡絵里奈です。
…とはもう言えなくなってしまうのかな。

 

 

2009年3月25日、私丸岡絵里奈は、立教大学観光学部観光学科を無事、卒業いたしました!!
なんだかまだ信じられないような、信じたくないような気持ちでいっぱいです。
明日学校に行けばまた、大好きなみんなにあのキャンパスで会えるような気がしてなりません。

  

卒業式当日は、朝から袴を着付けてもらって、皆でワイワイ写真を撮って、
卒業証書をもらって、久しぶりに会えた友達と話をして…
そんなことをしている間に、感傷に浸る暇もなく、あっという間に終わってしまいました。
というより、そんな風に考えてしまう時間を作りたくなくて、わざとバタバタしていた気がします。
卒業という現実、もう簡単には大好きな皆に会えなくなってしまうという現実、
そんな現実を実感したくなくて、その日一日めいっぱいはしゃいでいました。

 

  

卒業式から少し経って、このブログを書いている今、やっと受け入れたくなかった現実が押し寄せてきて、切なさと寂しさと悲しさでいっぱいです。この4年間は本当にあっという間だったと感じるけど、よく思い出してみると、4年という歳月に収まりきらないほど、本当にいろんなことがあったな、とも思います。

 

 今はもう、前のブログにも書かせて頂きましたが、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうを何万回言ってもたりないくらい、たくさんの人、たくさんの思い出に心から感謝しています。 

私のこの4年間の大学生活は、本当に、本当に、本当に最高でした!!!
今、こんなにも寂しくて、切ないと感じるのは、だからなのでしょう。

  

私のこの4年間の大学生活を輝かせてくれたすべての人に、
すべての出来事に、心の底から、愛と感謝の気持ちを届けたいと思います!

 

大好きです!ありがとう!!

 

 

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私の弟(中央大学 上野香織)

一昨日、弟が就職のために、

札幌からはるばる上京してきました。

弟は、この春から東京で社会人になります。

私も含め、家族はみな弟が就職することに反対しました。

どうして大学生という自分の好きなことを出来る時間を捨てて、

厳しい道へ進むのか、

未だに私には分かりません…

でも、弟の決心は固く、

みんなの反対を押し切って、

このたび社会人になります。

つい最近まで、制服を着て学校に行っていた弟。

まだまだ、社会人には見えない弟。

でも、私よりもずっと大人な弟。

弟は、小学校、中学校、高校の9年間野球をやっていました。

小学校、中学校では野球部の主将を務めており、

とても責任感の強い子です。

また、弟は今年の春に、

ヨーロッパを一人で旅してきました。

私には、知らない土地に一人で行く勇気はありません。

それなのに、弟は一人でヨーロッパに18日間も行ってきた。

そして、充実した18日間を送ってきた。

私は、そんな弟をすごいなぁ、と思います!!

私の母は、

「香織をひとりで東京に出すことには、不安があった。

だけれど、暁人(弟)を東京に出すことに不安はない。だって、人一倍しっかりしている子だもの。」

と、言います。

弟なのに、いつの間にか私よりもずっと前を歩いている。

考え方もずっと大人。

私も弟に負けないように頑張らなきゃ!!!!

 

 

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全ては僕のプラスになる (中央大学 重村辰旭)

 イ・チソンさんという方をご存じだろうか。大学生の時、事故により全身の55%に大火傷を負い、第3級の身体障害者に認定された韓国の女性である。彼女は事故後、奇跡的に一命を取り留めるが、8本の指の切断、幾度もの手術、激しい痛みと治療に悩まされる日々を過ごすことになる。しかし、容姿端麗であったもとの身体を取り戻すことはできなかった。鏡に映る自らの姿を見るだけで恐怖に怯える彼女は、何度も自分を殺してもらうよう家族に頼んだそうだ。

 

  しかし彼女は事故の3年後、「チソン、愛してるよ。」という本を執筆する。その中で彼女はこのように綴っている。「誰かが事故の前に戻してくれると言っても、私はそれを断るだろう。」「私は誰よりも幸せに生きています」多感な時期に、一瞬にして変わってしまった自らの姿。それにも関わらず、その過去を乗り越え、後悔するどころか感謝さえする。そんな彼女の生き様に私を含め多くの人々が感銘を受けた。

 

 先日、丸の内で私の叔父に会った。語学堪能、世界を飛び回る一流の商社マンである私の叔父は、私の最も尊敬する人物の一人である。“Enjoy my life”を信念としている彼は、どんな時でもポジティブだ。こう言えばさぞ順風満帆な人生を送ってきたように聞こえるかもしれない。しかし在日コリアン2世である彼が就職活動をしていた20数年前、在日コリアンに対する差別はまだまだ根強く残っており、彼自身、国籍を理由に9割近くの企業から入社を断られたそうである。就職活動中の学生からしたら、想像も出来ない事実であろう。“国籍”を理由に就活の土俵から排除されるのだから。もちろん在日2世の苦労は就職差別だけにとどまらない。彼は幼少の頃から、在日コリアン3,4世には考えられないような差別を受けてきた。

 

 叔父と話をする中で、一つ気づいたことがある。彼は在日コリアンである自らの境遇について、「ハンディキャップ」や「困難を乗り越えて」というような表現を、一切することがなかったのだ。なんと、一貫して在日を「アドバンテージ」として話をしていた。「ビジネスをする中で、物事の二面性を見られるようになった在日という境遇が、僕にとって大きなアドバンテージになっている。」というように。多くの差別を受けてきた1世や2世の在日コリアンがいる中で、在日ということを理由に自ら日本社会からの疎外を望む在日コリアンが多くいた中で、どれだけの人がそれをアドバンテージとして捉えられているだろうか。叔父の生き様に、終始感服するばかりであった。叔父は言う。「ハンデと捉えるか、アドバンテージと捉えるか。それだけで生き方は大きく変わってくる」

 

 在日という境遇だけに限らない。大きな困難や挫折を経験したことのない私が言うのは、失礼に当たることは覚悟で言う。世の中には“一見”大きな困難を背負う人は多くいる。私の周りにもいる。しかし、それはあくまでも“一見”に過ぎないのだ。それを理由に目の前の苦しみから逃げるのか、もしくはその事実を肯定し、さらには感謝をし、成長のバネに出来るのか。そのどちらを選ぶかで、それが自分自身に与える影響、周りに与える影響は大きく変わってくる。冒頭で紹介したイ・チソンさんや私の叔父、彼らからそんなことを学んだように思う。これからの人生を歩むたびに遭遇するであろう幾つもの困難。それが大きなものであっても小さなものであっても、私はその度こう叫びたい。

 

「ありがとう。すべては僕のプラスになる」

 

 

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カンボジアの黒歴史、キリングフィールド(早稲田大学 川崎真一郎)

カンボジアの首都プノンペンの中心部から12キロ、バイクの後ろにまたがり進んでいく。

大通りを左に曲がると小さな門が見える。そこに見えるのはキリングフィールドだ。

 

トゥールスレン収容所で殺害された人々はここへ運ばれ、埋められた。決して埋葬されたわけではない。

すぐにキリングフィールドの慰霊碑が見えてくる。よく見る光景だ。

 

一見すると普通の慰霊碑であるが、近づいてみると中には数多くの頭蓋骨が入っており、

年齢ごとに分別してある。

日本にいれば決して見ることのない光景、見たくもない光景である。

 

カンボジアへ着いてから数え切れないほどシャッターを切ってきたが、

切りたくないと思ったのは初めてであったし、

気温35度を超える酷暑の大地で悪寒を感じさえもした。

それほどの場所である。

 

そこから歩みを進めていくと多くの穴がある。

かつて数多くの人々が埋められていた穴、

そして、それが掘り返されたものだ。

 

穴が開いていない部分が道となっているが、そこにも人骨と思われるものが無数に散らばっている。

ここはまだまだ多くの穴が掘られずにいる。

つまり、まだまだ多くの人々がこの地に埋められたままとなっているのだ。

 

この穴を掘ったのはもちろん何も知らず、罪もないクメール人で、

彼らがこの穴を掘り終わったのち、ここへ入れられたのは言うまでもないだろう。

 

 

殺戮と恐怖の象徴、キリングフィールドの中心に、その行く末をずっと見つめ続けてきた一本の木がある。

彼はずっとつらい思いをしてきたのだ。

 

ポル=ポト派の人間はキリングフィールドへ運ばれてきた生後間もない子供を母親から奪い、

彼女の目の前でこの木に叩きつけ、殺害した。

数え切れないほどの子供が殺され、この木が殺害の道具とされた。

 

その木の横にはこのような立札が置いてある。

「MAGIC TREE - the tree was used as a tool to hang a loudspeaker which make sound louder to avoid the moan of victims while they were excuted.」

 

 

彼はこの痛みを抱えながら、これからもカンボジアの未来を見続けるだろう。

 

 

 

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リーダーの演技力(明治大学 平山雄大)

去年アルバイトを探しているときに、大丸の山本社長の特別授業を聞き、百貨店の仕事の面白さをもっと知りたいと思いつつも、接客業の経験もなく通学と通勤の動線も考えた結果、大丸とは別の某デパートでレジ打ちのアルバイトをしています。

毎月中旬に、日本百貨店協会から全国の加盟店舗の先月売上が発表されますが、98年から減少傾向が続いています。大まかに言って全国の百貨店のマーケットは1年間に約10%ずつ小さくなっています。守秘義務に配慮しなくてはなりませんからあまり詳しくは言えませんが私のお世話になっている会社も決して例外ではなさそうで、予算の達成に向け社員さんや販売員の皆さんは大変そうです。

夕方から閉店までを担当する私は、お客様がお帰りになられて閉店し、各店舗の販売員さんも帰られた後にその日の入金額を売場マネージャーに報告することになっています。天気が悪くお客様が少ない日などは顔色がさえないご様子です。

システム的には営業時間中も毎時間ごとに売上状況がリアルタイムで分かるようになっていますので、おそらくマネージャーは営業時間中も今日は調子が悪いとか、今日は好調とかわかっていらっしゃると思いますが、快調の日はともかく、どんなに不調の日でも営業時間中に担当フロアを回られるときや販売員さんが事務所にいるときには苦境を感じさせないように努めてふるまってらっしゃるのが見て取れます。

事務所に来る販売員さんにマイナスな気持ちが伝わってしまったら、販売員さんも予算のことが気になり、接客の質が低下したり、お客様に合わない商品をお勧めしてしまったりすることを避けたいのだと考えられますが、それ以前に売り場に戻ってからお客様にもその空気が伝わってしまっては、せっかくデパートでのお買い物という楽しい体験を求めてこられたお気持ちに水を差してしまうと思います。

一つのブランドのモノだけがほしいのであれば繁華街の路面店のほうが品ぞろえが豊富かもしれませんし、郊外の専門店の方が同じような商品を用意してデパートと比べた場合お手頃価格なのは間違いありません。デパートの持つ残された魅力は、様々なジャンルの品物をいっぺんに、様々なブランドのものを一回で見て回ることができる買い回りの楽しさと、それぞれの商品に関する情報を豊富なノウハウを持つ販売員さんから、直接情報を聞きながら商品を選ぶことができることにあると思います。アルバイトを始めるまで知りませんでしたが、デパートの中で働くほとんどの人は小さなメモ帳やノートをいつも持って歩いて、お客様の投げかける質問に的確にお答えできるように備えています。

デパートビジネスに今までもこれからも変わらずにあり続けるのは、お客様との直接のコミュニケーションだと思います。買い物に長めの会話があることがスーパーやコンビニとの最大の違いです。だからこそ、マネージャーはマイナスな気持ちがお客様・販売員さんに伝わらないように細心の注意を払ってある面においては演技しているのだと思います。

私なら毎年約10%ずつマーケットが縮小しているから個々人の努力ではどうしょうもないという気持ちになりそうですが、苦しい時にも明るく前向きにふるまい、社員の部下の方だけでなく直接の雇用関係のない大勢の販売員さんをも引っ張り、サポートしてらっしゃるマネージャーの姿を見ていると、私も就職氷河期だから仕方ないという考えは微塵も持ってはならないなと教えられる思いです。

 

 

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かな日記、重村君へのラブレター(早稲田大学 福田佳那子)

3月27日 晴れ メンターダイヤモンド恒例の伴塾の日☆

 

3月は卒業の季節でもあり別れの季節ですね。

今日もわがメンターダイヤモンド学生記者クラブからは1名、かけがえのない友達が旅出ちました。

と言っても・・アメリカへ短期留学に行くので帰ってきてくれるのですけどね。8ヶ月間のお別れです。

 

重村君が入ってきたのは3カ月前。

メンターダイヤモンドのブログを観て、是非参加したいと自らメンバーに参加してくれました。

 

メンターダイヤモンドのミーティングではいつも明朗な意見をズバズバと言ってくれる姿がとても魅力的でした。

在日韓国人であることを自分のidentityとして捉え、他のメンバーとは違った切り口でブログを書いたり

自ら企画を立てたり・・

そして、そんな頑張る姿のメンターの全ての学生が刺激されました。

 

素敵な笑顔と明るいキャラクターの重村君に8ヶ月も会えなくなるのはとても寂しいけれど、

重村君がもっともっと大きくなって帰ってきてくれることをメンバー一同期待してます♪

 

最後に、大木さんの言葉が素敵だったので引用させていただきます。

『8カ月しかないこの短い時間を充実して、そして一生懸命にすごしてね☆

活躍できる場所を探してください♪』

 

 

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歴史を疑うということ(早稲田大学 川崎真一郎)

歴史上、カンボジアの虐殺をおこなったのはポル=ポトである。

これは誰もが疑わない通説であるが、果たして本当にそうであろうか?

僕は受験生の時に世界史がとても好きで、かなり力を入れていたことを覚えています。

ポル=ポトに関してはまだ新しい歴史なのでそれほど深く触れたことはありませんが、

この愚民化政策を行うための大虐殺は知っていました。

そして、僕自身もこれに対して疑うということはしませんでした。

しかし、カンボジアへ行って、トゥールスレン、キリングフィールドをみて、

カンボジア人である彼が本当にこのような虐殺をしたのだろうか?

といった疑念が浮かび上がっていました。

たしかに彼は毛沢東主義に傾倒していたという説がありますが、

彼は国費留学でフランスへ留学し、帰国後には教師として活動していたのです。

教師が国民を大虐殺?冷静に考えてそんな論理は通らないように思います。

彼はフランスで何を見て、何を感じたのかはわかりません。

しかし、この歴史をうのみにすることは危険であると感じました。

さまざまな文書を見て、研究してみる必要性がある。

それによって、自分の答えを出さなくてはいけないでしょう。

これからカンボジアという国にかかわっていこうとしているのですから、

カンボジアの歴史を理解することは絶対条件だと思うのです。

 

 

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かな日記☆ ~卒業~(早稲田大学 福田佳那子)

3月25日 あいにくの曇りのち雨

 

4年間というあっという間のような、でもすごく長かったような時間が終わりました。

もう女子大学生と言えない自分がちょっとだけ切ないです。w 今日、私は早稲田大学理工学部を卒業しました。

 

大学院に進学が決まっているので、あまり実感がわかないですが卒業式になるとやっぱり泣いてしまいました。

答辞は大親友の友達K。最後の言葉をつまりながらも必至になって伝えようとしていた姿に、

改めて4年間という時間がフラッシュバックしました。

 

もう一度4年間をやりたいかといわれたら、間違い無く答えはNO(笑)!

レポートや研究・・・そして日々勉強をもう一回繰り返すことは多分、というか絶対無理で

あの瞬間だったからみんなと乗り越えられたんだろうなぁ・・と思います。

 

早稲田の理工学部を見てイメージとあまりにかけ離れていたことに愕然としたこと。

実験操作がめんどくさくて、ずるしたこと。w

白衣をいかにかっこよく着こなせるかみんなで競ったこと・・

どんな出来事も思い出になってしまえば美しいもの。

 

その思い出をもって、私はこの春大学院に入学します。

 

 

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外国語本のない羽田国際線(中央大学 重村辰旭)

ソウルに行く時、私はよく羽田を使う。

先週も所用でソウルに行ったが、今回も例にもれず私は羽田を使った。

暇つぶしのネタのなかった私は、英語か韓国語の雑誌を機内で読むつもりで、ターミナル内の本屋に立ち寄った。

ここで驚いたことがある。

 

狭いスペースに置かれた書籍は、すべて日本語で書かれていたものだった。

韓国語や中国語は愚か、英語の雑誌や新聞すらない。

ここは国際線のターミナル内。

外国語の書籍は需要がないのか。

いや、そんなのことはないはずだ。

ふと耳をすませば、韓国語や英語が飛び交っているのに、

ニーズのないはずがない。

 

なぜ羽田空港の本屋には外国語の書籍がないのか。

何か理由があるのだろうか。

私には、日本人の国際感覚の無さが如実に表れた好例に思えてならない。

 

 

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