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日本と韓国の教育の違い(中央大学 重村辰旭)

先日、韓国の学生と飲む機会があった。

 

韓国の学生と飲むとき、決まって話題に上がるのが、日韓両国の教育熱の差である。

韓国は、世界でもトップレベルの教育水準であり、その熱たるや世界一と言っても過言ではないかもしれない。

日本の教育も高水準にあるとは言え、年々世界の教育先進国から脱落しつつある。
さらにその熱はもはや「教育立国よ、どこへ行く」と言わざるを得ない状態である。

 

 

ただ日本が悪いというわけではない。

韓国の教育熱はある意味異常であるからだ。

日本のセンター試験にあたる修学能力試験では、学生の気が散らないように官公庁とも出勤を1時間遅らせたり、遅刻した学生のために救急車やパトカーで護送する体制が整っているというのは、大抵の方がご存知かもしれない。

 

驚くべきは、少なくとも私が会ってきた韓国の学生の多くは、「18年間の生活は、たった1日の修学能力試験のためにある」と言うことだ。これはやや大げさに聞こえるが、能力試験の1科目が終わるごとに自殺者が出るのを見るにつけ、あながち冗談と割り切ることは難しい。

 

さらにこの修学能力試験で良い成績を出し、晴れて成功者の切符をつかんだ人(=良い大学に入れた人)も、またここから有名な企業に入るための熾烈な競争に参加することになるのである。大学生活も、履歴書や面接のネタ作りのためと捉える学生も多く(私自身、この考えを否定はしないが)、皆良い子であるために、必死で勉強するのである。ちなみに語弊を恐れずに言えば、韓国は日本よりもはるかに学歴主義が強く、ここで良い大学に入ることが出来なかった人は、20歳にも満たぬ歳にして、人生の負け組の烙印を押されてしまうそうである。

 

やや脱線したが、教育熱の異常さは、街の美術館に行ってもわかる。そこには日本とは全く異なる光景広がっているのだ。定年後の方や学生の多い日本と比べて、韓国では圧倒的に若い親子連れが多い。美術館で良い絵を子供に見せて感性を養ってもらうためだという。しかしそこにあるものは純粋な芸術への興味というよりも、もはや強迫観念ではないかと思ってしまう。

 

 

また若いうちから子供に英語を覚えさせるために、妻と子でアメリカに渡り、夫が韓国に残り生活を切り詰めながら仕送りをすることがよくある。この状態は「キロギアッパ(雁のお父さん)」と呼ばれ、社会問題ともなっている。

数字から見ても韓国の教育熱のすさまじさは明らかである。日本の一世帯あたりの所得に占める養育費が4%であるのに対して、韓国はなんとその3倍弱の11%である。

まだまだ韓国の教育熱の高さを物語るエピソードを上げれば枚挙に暇がないが、とにかくエリート街道から外れないように、皆、必死なのである。まさに弱肉強食、ここまでやるかと思ってしまう。韓国のえげつない教育熱(≒上昇志向?)に眉をひそめたくななる。

 

 

ここまで韓国の教育を批判じみた文章で伝えてきた。

しかし韓国人からの批判を恐れて、というわけではないが、日本の教育熱の“低さ”も異常であると言わざるを得ない。

日本は韓国とは真逆で、とにかくやらない。やらなすぎる。

大学はその最たるもので、授業で寝る学生がいるのはもはや前提として、一回も出なくても単位が来る授業があるというのはもはや驚くほどでもない。これでは学生が必死になることはない。

高校でも勉強をしなくても全く問題はない。高校3年の夏までさぼっていても、エリートコースへの道は依然閉ざされない。

さらに中学校や小学校では「十人十色」「みんな平等」という大義名分の下に

競争を美徳としないきらいさえある。上下の概念を排除するのだ。

これでは教育に熱が入らないのも、なんら不思議ではない。

 

 

日本と韓国の教育熱の差・・・極端である。

 

そして韓国の学生とこの話題について語ると、いつも決まって上のような議論が繰り広げられ、

結局「日本と韓国の中くらいがちょうどいいのにね」という結論に至るのである。

なんとも非生産的な議論なことか。

 

 

ここで私は一つの論題を提示してみたい。

ちなみに日本と韓国どちらの教育の方が良いのか、ということについて語るつもりはない。

私がしたい議論とは「日本と韓国の教育ではどちらの方が大変か」ということである。

一見、議論するまでもなく韓国ではないかとの意見が出そうだが、

この論題について私自身、強く考えることがある。

論題に対する私の意見は、次のブログで。

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コメント: “日本と韓国の教育の違い(中央大学 重村辰旭)”

  1. Al Kobayashi :

    日本と韓国の教育の違い

    興味深く読ませて頂きました。ありがとうございました。

    重村さんの文章の中で少し気になるところがありましたので投稿させて頂きました。

    韓国のえげつない教育熱(≒上昇志向?)には
    目を細めたくなる。

    この文章の中での「目を細めたくなる」という意味はどのように解釈したらいいのでしょうか?

    因みに、目を細めるの意味は「うれしそうな顔をすること」だと思われますが・・・

  2. gennki :

    >kobayashi さんの指摘にあるように
    文脈で察すると
    「目を細めたくなる」は、
    「眉をしかめたくなる」のほうが良さそうですね。重村くんの意図を聞いてみましょう。

  3. 爽 秋 :

     私は「失われた十年」は乗り越えられたか」(下川浩一著:中公文庫)という本で、日本の半導体産業は技術開発(DRAM)において韓国に敗れ、日本の半導体産業は韓国の中古品を買って再び活況を呈したと知り、驚きました。

     技術でも創造力でも米国、韓国の後塵を拝する日本。本当にこれからどうなるのでしょうね。

  4. 長屋五郎 :

    韓国人のほうが真っ正直すぎる。 日本人は学校の成績以外にいろいろな要因が社会での成功に決定的に関係していることを実感しているので学校に余り期待しない。
    たとえば漢字の読めない麻生首相は絶対に日本の社会では上層部に出世できない。 彼は最初からトップなので漢字を読めないのは妨害にならなかった。
    日本と韓国のどちらの社会化を自由に選べるような仕組み!があれば、あたらしい社会になるだろうう

  5. クレッチマー気質の男 :

     こちら団塊ジュニア。

     小泉元首相が「改革の痛みに耐えろ」と檄を飛ばし7年が過ぎようとしています。

     改革の鞭があまりにも強烈過ぎて体に膏薬を貼って、ただ今療養中です。

  6. 楽天星no1 :

    何が韓国をそうさせたのか?に興味をもちました。また何が日本をそうさせているのかについても考えてみました。

    韓国について言えば発展途上国として、日本に追いつけ追い越せが強いモチベーションとしてあるのだと思います。

    日本についていえば、経済はアメリカについで2位で、結構貧富の差が少なく、豊かな国です。字が読めない人は皆無に近く、教育も行き渡っています。韓国における日本のような目標とする国なり、イメージとしての理想国家がありません。

    「自由でいいではないか」というのが日本人の平均的な考え方だと思います。

    日本人は学力でなく、心の美しさを目指してもらいたいと思います。それをしなければならないという強い動機があればいいのですが、今まだそれが見つかっていないので、その動機をさがしているというのが現在の日本ではないかと思っています。

  7. おいら :

    「目を細めたくなる」は文脈から判断すると「眉ひそめたくなる」が適当かな?
    「眉をしかめる」という表現は一般的ではないと思う。あまりお目にかかったことがない。「顔をしかめる」は標準語だけれど。

  8. 重村 :

    >AI Kobayashiさん
    >gennkiさん

    おそらく私の勘違いです。
    醜態をさらしてしまい非常に恥ずかしいです。何より混乱させてしまった申し訳ございません。私は「眉をしかめたくなる」という意味で使いました。

    日本語教育を批判している矢先、その教育制度の被害者であることを露呈してしまいましたね。

    ・・・すいません、単なる私の勉強不足です。

    >爽 秋さん
    日本はどんどんと国力という部分で世界におけるプレゼンスを失っていきますよね。

    後塵を拝さないよう努力するのも大切ですが、個人的には国力の凋落の中にあっても、イギリスのように誇るべき文化だけは保っておいてほしいです。イギリスのジェントルマンのように、日本には武士道といった素敵な文化がたくさんあります。
    しかし今の日本人(私もですが)を見ていると、この文化すらも失ってしまいそうで、とても怖いです。

    >長屋五郎さん
    たしかにそうですね。韓国では依然として教師の力が絶大らしく、到底逆らえない存在のようです。その反面、日本では急激に学校や教師の存在価値が薄らいでいますよね。これも学校に期待していない表れでしょうか。

    ヨーロッパでは大学生の国家間の単位互換システム(エラスムス計画)が充実しているようですね。そのためたくさんの学生が4年間で複数の国の大学で学んでいるようです。
    東アジアでもそのような教育システムが確立されればとても面白いと思うのですが。 

  9. 村上 彰夫 :

    教育を語る時に忘れられていることがあると常々感じています。受動的に言えば、学ぶことは真理を探究することであり、知識は結果に過ぎません。真理を探究する過程こそが大切な学びの場なのです。世の碩学の言辞お読み聴きすれば、そのことが理解できると思います。最低限必要な知識はひとりでも生き延びられる力です。

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