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ケニアで新憲法をめぐって国民投票

「あなたの部族は?」

「部族?ケニアンだよ。」

 

「ケニアン」はご存知の通り、ケニア人のことですが、

実際にケニアンという部族はありません。

ケニア人に「あなたの部族は?」という問いをしたとき、

普通であれば、ケニアで40以上あるといわれる部族名を答えるはずです。

しかし、最近では部族は答えることも少なくなっているそうで、

私の交流していたケニア人も、部族を教えてくれる人とあえて言わない人がいました。

 

この原因のひとつとして、2007年の大統領選挙の際に起こった暴動が関係しており、

ケニアのなかで与野党の対立が民族同士の対立へ発展し、多くの人が犠牲になりました。

 

私が活動していた日本ケニア学生会議の第9期本会議がケニア開催だったので、

この暴動によって渡航もあやぶまれました。

当時は行くのをやめるべきか、いろいろな方にお話を聞いて判断を進め、

最終的には渡航することを決意。

実際に行ってみると、危ないことにまきこまれることはありませんでしたが、

しかし、やはり暴動の傷跡を感じる場面もありました。

 

そんなケニアで先日8月4日、新憲法をめぐって国民投票がおこなわれました。

友人もケニアにいるし、日本ケニア学生会議第11期も今月17日からケニア渡航ということもあり、

なにもおこらないようにと祈りつつ、選挙の行方をみていたわけですが、

無事大きな混乱も無くおわったそうです。ホッと一安心。

 

開票結果は今後数日中に発表されるようで、

東アフリカの中で他国をひっぱっているケニアの今後にこれからも注目です。

 

日本ケニア学生会議第11期も、今年はケニア開催。

実際にケニアに行って、ケニア人大学生と交流することで、

リアルな現状を感じてきてほしいなぁと思います。

学生目線での新憲法はどうみえているのかも気になるところです。

 

立教大学 高橋明日香

 

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ケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジが1つに?

ケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジが1つになる?

 

7月1日木曜日、東アフリカの5つの国、

ケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジの経済統合が合意された。

ゆくゆくは経済統合に伴い、統一通貨の導入なども目指すとし、

またさらに、最終的にはこの5国での国家統一をも視野にいれて、

現在各国のリーダーが話し合いを行なっているそうである。

 

この合意によって今後、人やサービス、モノの移動が

この5つの国の中で自由に行うことができるようになり、

まるでヨーロッパ諸国のEU体制アフリカ版、といったかんじだ。

 

これらの5国は、スワヒリ語を話しているという点や

近年行われた政治的合意などでつながってはいたものの、

さらに地域的なつながりをもっていく必要があるともされており、今回の合意に至ったのだろう。

 

しかし、5つの国、それぞれ様々な部族や宗教、慣習をもっていることや、

周りをコンゴやソマリアといった紛争が多発している国に囲まれていることの影響、

貧富の差の拡大など、この驚くべき合意は多くの課題も残している。

マイナスではなく、プラスの方面で5倍になることを願うばかりである。

 

ところで、ワールドカップで残念ながらアフリカ勢から勝ち残っていたガーナは

ベスト16で負けてしまったが、ケニア人の友人はガーナを応援していたし、

他のアフリカ人もガーナを応援していたそうである。

 

なんでガーナを応援するかは「アフリカ人だから」と言っていたが、

どれほどの日本人が自国は出ていない試合で他のアジア諸国を応援するだろうか。

そう考えると「アフリカ人」であるという意識は驚くべきものであり、

意識の面では統合もすんなりといくのかもしれない、とすら思わせる。

 

 

ケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ・・・

この5つの国の総人口を合わせると、なんと1億5千万人。

ここに生きるどれほどの人が、この恩恵をうけることができるのだろうか。

今後の動きを注意深くみていきたい。

 

(立教大学3年 高橋明日香)

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学生記者によるアフリカ関連記事のまとめ

2010.5.17
アフリカ漬けの日々を送っています!

 

2010.5.16
おまわりさんから見る平和

 

2010.4.26
ケニアのおばあちゃんの間で武道が人気

 

2010.4.20
弱いところを強くする ~アダム・カヘン来日シンポジウム③

 

2010.4.15
愛なき力・力なき愛は何も生み出さない~アダム・カヘン来日シンポジウム②

 

2010.4.11
日本ルワンダ学生会議のミーティングに参加

 

2010.4.3
私たちが今、難民にできること~シェルタープロジェクト①

 

2010.4.1
東京で経験した異文化タイム

 

2010.3.20
ホテルの格付けは国でバラバラ!?

 

2010.3.15
日本ルワンダ学生会議の報告会へ行ってきました!

 

2010.3.12
日本ケニア学生会議のミーティングへ

 

2010.3.9
理想のリーダー像とは?~YDP③

 

2010.3.8
学生団体・合同合宿の夜はふけて~YDP②

 

2010.3.6
学生団体が集まる合宿に行ってきました!~YDP①

 

2009.12.29
思いは伝わる~ケニア学生会議の活動を終えて

 

2009.12.21
ケニアぶりの再会!

 

2009.12.2
学生団体合同報告会で感じたこと

 

2009.11.17
学生会議合同報告会に行ってきました!

 

2009.11.6
ケニアで「足を怪我する」の意味は?

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おまわりさんから見る平和

「なんだあれは! おもしろい!」

去年の夏のこと。

ケニア人と一緒に街中を歩いていたときに、いきなりケニア人がこう言いました。

なんのことだかわからなかった私は、ぽかんと笑っているケニア人を見るばかりでした。

 

「なにを笑っているの?」

ケニア人が、「ほら、あれだよ!」と指差す方には、日本のおまわりさん。

私から見れば、普通のどこにでもいるおまわりさんです。

どこがおもしろいのか全然わかりませんでした。

 

よくよく話を聞いてみると、

どうやらおまわりさんが自転車にのっているのがおかしいらしい。

 

「日本のポリスは自転車で移動するのか?!」

「いや、車でも移動するけど・・・でも自転車も多いね。」

「ふーん・・・・・日本は狭いし、平和だからだね!」

 

確かに、ケニアだと自転車での移動なんて広すぎるし、

道もぼこぼこだし、ましてやおまわりさんが自転車にのるなんて変な話なのでしょう。

ケニアでは、おまわりさん、警備員さんなどが銃をもっていることも珍しくはありません。

そう考えてみると、おまわりさんの移動手段や装備と、

その地域の安全さは比例関係になっているのかもしれません。

 

ケニア人にはすこしばかにされた感もある日本のおまわりさんですが、

狭い道が多い日本だからこそ、自転車で移動しているのかもしれないし、

親しみやすくて、自転車にのっているおまわりさん、いいなぁと私は思います。

 

他の国のおまわりさんは何で移動するんだろう?気になるところです。

 

立教大学 高橋明日香

 

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ケニアのおばあちゃんの間で武道が人気

ケニアの首都ナイロビ。

ナイロビ市内は高いビルなどもそびえ立ち、

おそらく普段想像している「ケニア」とはかけ離れたものであることだろう。

 

ナイロビ市内からすこし離れると、

そこはナイロビで職を求めてやってきた人々などが暮らす、スラムが点在している。

そして、点在しているスラムのうち、

コロゴチョ・スラムでは、いま武道教室が人気を呈しているそうである。

しかもこの武道教室、ただの武道教室ではない。高齢女性向けなのだという。

 

コロゴチョ・スラムは治安の悪いスラムとして知られ、

強盗やレイプなどの被害から身を守るために始まったこの高齢女性向けの武道教室。

約3年前から、教会などを使って、週2回開かれ、

若い武道家がテコンドーや空手などを教えている。

毎回の教室には約50人もの人が集まる。なんと、最高齢は104歳の女性であるそうだ。

護身術を体得し、危険から自らを守るのである。

 

少し前、日本でも女性の間で護身術を習うことがブームになった時期があった。

「自分の身は、自分で守る」という意識が強く反映されており、

男性優位の姿勢が色濃く残る社会において、

女性が活躍していくことの予兆であるのではないだろうか。

実際に、このブーム以後、

昨今では「肉食女子」と言った言葉も生まれ、女性の強さが強調されることも少なくない。

 

遠いケニアでも、「武道」が女性たちを守るひとつの手段となっている。

そしてこの手段を得ることで、女性は自信をつけていくことができるはずである。

こうした手段を増やしていくことで、

女性が広く活躍する社会を作っていくことができるのではないだろうか。

 

立教大学 高橋明日香

 

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日本ルワンダ学生会議の報告会へ行ってきました!

3月13日(土)は日本ルワンダ学生会議の報告会へ行ってきました!

 

日本ルワンダ学生会議は、

2009年の冬に初めてルワンダ人大学生の招致を行ないました。

そのときの学生会議の様子と、2009年夏の学生会議の2つの報告会を行なっていました。

私は日本開催の報告会から参加!

 

(代表の古谷さん)

 

今回の日本開催では、京都・鳥取・東京・広島の4都市を回り、

それぞれ京都ではお寺で座禅体験、

鳥取では中学校に訪問し、授業体験やダンスでの交流、

東京ではダンスイベントを開催してルワンダに対する理解を促したり、

広島では被爆者の方にお話を伺ったり、平和について議論したそうです。

 

個人的には京都のお寺での座禅体験と、広島での体験が印象に残りました。

 

座禅体験をしたお寺には英語が堪能な住職さんがいらして、

すべて英語で解説などをしてくれていたそうです。

座禅体験を通して、ルワンダ人大学生から

「ルワンダでは虐殺のあと、PTSD(外傷後ストレス障害)の人が増えた。

座禅を、こういった人たちの改善に応用することができるか」といった質問や、

「仏教は信じる神が存在しないのに、どうやって人に勧めているのか」

などといった質問がでていました。

1994年に起こったルワンダにおける虐殺後、ルワンダにおける宗教信仰は強くなったそうで、

虐殺という事柄が今もなおルワンダ人学生の根底にあるものであることを強く感じました。

 

広島では、被爆者の方のお話を伺い、議論を行っていたのですが、

私が2009年の夏にケニア人大学生と広島にいって、

広島市平和記念資料館にいったりしたあとの議論とは全く深さの異なるもので、

ルワンダ人大学生が平和というものをそれぞれ考え、求めていることがわかりました。

 

 

ケニアとルワンダの大学生を比べてみると、この両者は全然異なっていて、

アフリカの中でも近いこの2国でもこんなに違うのだから、

日本ルワンダ学生会議の団体理念でもある「相互理解」は、

本当に奥が深く、難しいものであることがわかります。

 

ルワンダ人大学生から、何回か「・・・でも、高いからルワンダでは無理だと思う」

という言葉がでていたのですが、ケニア人大学生からはそんな言葉きいたこともなく、

貧富の差も、国の状況も、全然ちがうことに驚きました。

それにともなって、議論の内容や、その議論の濃さ、深さも、

異なってくるんだなぁと比較して思いました。

  

  

日本ルワンダ学生会議の報告会に参加して、

ケニア人大学生との違い、ルワンダ人大学生の姿勢に

驚くこと、学ぶことが多くあった1日でした。

 

※日本ルワンダ学生会議のHPはこちら

http://jp-rw.jimdo.com/

 

立教大学 高橋明日香

 

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日本ケニア学生会議のミーティングへ

今週前半は雨で寒かったですね!

 

3月7日は、小雨の降る中、

日本ケニア学生会議のミーティングへ参加してきました!

 

前期でこの団体を卒業した私にとって、久しぶりのミーティングです・・・!

 

 

現在の11期は、夏に本会議をケニアで開催するので、その準備を行っています。

3月中旬からは、メンバー2人(初ケニア!)が

ケニアへ渡航して打ち合わせや下見を行うことになっています。

 

 

今日は4人だけでしたが、

関東・関西にもさらにメンバーがいて、現在は10名ほどだそう。

 

ぜひ興味があれば、こちらのHPからどうぞ!

http://japan-kenya.weebly.com/

 

立教大学 高橋明日香

 

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太陽光ランタンときれいな夜空

今、この世界に生きる人の数は約68億人だといわれています。

そのうち、電気のない暮らしをしている人がどのぐらいいるか想像がつくでしょうか?

 

答えは、15億人。

 

15億人。

中国の人口とアメリカの人口を合わせると約16億人ということから考えると、

ものすごい数であることがわかります。

電気のない暮らし。私たちの生活では、なかなか想像することさえ難しいですよね。

 

今日、新聞をみていて気になった記事が、

『太陽光ランタン 途上国を照らす』というもの。

 

最近、太陽エネルギーを充電できるランタン(ちょうちん)を

日本のNGOや企業が、電気の使えない地域に贈呈しており、

太陽光ランタンは石油などの化石燃料を利用するよりも、

貧困解消と温暖化防止の一石二鳥。

そして、その地域に暮らしている人々からは、

電気があれば、夜でも家事ができる、勉強ができると重宝されているそう。

 

 

地球にやさしく、人にも優しいエネルギー。

なんだろう、と考えるとやはり一番におもいつくのは太陽光。

ですが、それがランタン、という形で普及していたことは私にとっては驚くべきことでした。

日本では一昔前、に使われていたものがこんな形で改めて見直されている!

太陽光、さすが地球をつくりだしてきただけあって、パワーが違います。笑

 

私がケニアに1カ月行っていたときも、

電気のつかないようなところで過ごすこともありました。

確かに、食器は洗えないし、お風呂も入れない。

文字をかくなんてもってのほか。読むことも、もちろんできない。

 

しかし、そんな中、私たちは何をしていたか。

空を見上げる。色々な話をする。

この2つでした。

 

日本では見られないような星空。

そして、心からの言葉。

 

いまでも忘れることのない時間です。

でも、きっとそれも電気の溢れる場所に住む私たちだったから、なのかもしれません。

 

電気の便利さと、電気が溢れすぎている状況。

どんな場面でもバランスが重要で、だからこそ難しい。

 

電気の便利な部分を得つつも、

きれいな夜空を忘れてほしくないな、と思った今日でした。

でもそれも、エゴ、なのかな・・・。

 

 

立教大学 高橋明日香

 

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思いは伝わる~ケニア学生会議の活動を終えて

メンターダイヤモンド学生記者兼、

日本ケニア学生会議第10期日本側代表の高橋です。

(辻村記者のまねしてみました。笑)

 

最近、日本ケニア学生会議では報告書の作成を行なっていました。

私たちの報告書には個人の感想を書くページもあって、

そこでは日本メンバー、ケニアメンバーが

どのようなことを本会議を終えて感じたかを、思い思いにかいています。

それを最終チェックとして読んでいる時、

私は思わず涙が出そうになってしまいました。

 

「日本ケニア学生会議に出会って、自分のいるべき場所をみつけたように感じる」

「自分が当初予想していた以上にかけがいのない場所になった」

「これからもこの経験を今後に生かしていきたい」

「日本とケニアというまったく違うように見える人々も同じ人間であるということがわかった」

などなど・・・

 

1人ひとりが、新たな発見をし、次への思いを抱き、かけがいのない場所を持つ機会を作る。

このことを全員でできたことをひしひしと感じました。

そしてそれこそ、

私が第10期を作り上げていくうえで望んでいたことだったのです。

 

思いが伝わらず、悩んだ時期もありました。

しかし、最後には絶対に伝わるんだということを実感しました。

 

見えないものを、信じる。

見えないものを、より大切にする。

 

このことがすべてを支えていたように思います。

いえ、日本ケニア学生会議での活動を通して強く思えるようになりました。

 

報告書を製本して、お世話になった方に送ったら、

私の日本ケニア学生会議での活動は終わりになります。

しかし、約2年間の活動のなかで学んだこと・感じたことは

一生私の中で輝き続け、生きてくると思います。

 

立教大学 高橋明日香

 

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ケニアで「足を怪我する」の意味は?

先日、ケニア人の友達とやりとりをしていた時、
I have a broken leg!you are very welcomed to our ICU. 
と言っていたので、

 

え! 大丈夫なの? ICU(集中治療室)?!

 

と本気で心配したら、
どうやら本当に足を怪我したわけではないらしい。

 

えー! どういうこと?!

 

ケニアでは、

「年上の人の言葉を聞かないと足を怪我する」
という言葉があるそうで、そこから来た言葉だったそう。
なんと人騒がせな!でも、ホッと一安心。

 

でも国ごと、地域ごと、家庭ごとに、
こういう言葉、というか言い伝えってありますよね。

 

本人たちにとっては普通なのに、
周りから見たら普通じゃないこと。意味が通じないこと。
そんななかなか気付く機会のないこんなことに、
もっともっと気付いていきたいなぁと思った出来事でした。

 

立教大学 高橋明日香

 

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私たちに何してくれますか?

 これの1つに沢山の自由な時間が挙げられる。これは紛れも無く大学生の特権である。しかし、それと同時に問われるものがある。

  先日、SCN(学生会議連絡協議会)の集まりに参加した。ここは沢山の学生会議をつなぐ役割を担う会であり、定期的に情報交換や、共催でリクルート活動を行ったりする会である。今回は、日米や日中、日韓、日印、日本ケニア学生会議、その他多数の学生会議が集まり、これからの活動方針を決めた後、交流会をした。

  ここでの交流はとても刺激的だった。そこには多種多様な信念や経験を持っている人が集まり、話すだけでエネルギーが伝わってくる。

 

  そこで、とても印象的だった言葉がある。日本ケニア学生会議の1人の女の子(日本人)がケニアに訪れ、帰る際に投げられた一言だ。

 「帰って、私達に何をしてくれるの?」

 

  遠方の国、日本からわざわざ来るのだから、何かやってくれるのだろうと純粋に考えて放った一言か、はたまたある一種の皮肉を込めて放った一言なのか。その女の子はとまどい、すぐに返答が出来なかったと言っていた。私も同じに違いない。どちらの意図にせよ、このとてつもなく思い一言は、私達の活動と学生団体の意義を問いかける。

  大学時代という沢山の自由な時間は、否応なく私達を考えさせる。そして、同時にその質、つまり、行動と責任を問いかけている。

    (青山学院大学 辻村映彦)

 

 

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ケニア人に気付かされた愚かさ(中央大学 重村辰旭)

この前、日本への再入国許可証を更新するために、入国管理局に行って来た。

入国管理局に、基本的に日本人はいない。

不法滞在者が職員と掛け合っている光景は

日本社会で育った私達には想像しにくい

ある種異質な空間を映し出している。

この日、この場所で、自分の視野の狭さを実感する、恥ずかしい経験をすることになる。

この日、入国管理局は予想以上に混んでいた。

しかし、私にはどうしても外せない用事があり、このままでは予定していた電車には乗れなかった。

そこで私は、順番待ちの番号札を交換することを思いついた。

ただ交換してと頼んだのでは、取りあってくれるはずがない。

だから、お金で時間を交換してもらおう、そう考えた。

そこで隣の女性に番号札の数字と聞いたところ

54番だった。現在応対中の番号札は52番。私の番号札は68番。

変えてもらうしかない。

私は財布を取り出し、その女性に急用がある旨を伝え、番号札の交換を求めた。

女性の答えは“NO”

提示した金額が低かったのか、この後に用事があったのか、この2つの理由が考えられたが、

いずれにせよ、私の試みは失敗だった。

次なる策を考えようとした瞬間、

女性は番号札をバッグから取り出し、番号札を渡してきた。

一度断られたにも関わらず、番号札の交換に応じてくれたのは、提示した金額に妥協してくれたからだろうか

私は再度財布を取り出した。

すると女性は“NO,NO”と言った。

女性の言った“NO”は金額に妥協しなかったからではなく、

ただ単純に「お金は要らない」という意味の”NO”だったのだ。

非難は覚悟の上で、正直に言う。

私はこの時、

・外国人だから、時間対賃金の相場より高い金額の提示には応じてくれるだろう

・時間の対価は金だから、お金での解決が一番手っ取り早いだろう

そういった考えしかなかった。

金で買えないものはない、この考えをこの20年間否定してきた私が、

「金=時間」の等式を、真っ先に思い浮かべてしまった。

情けなくて、恥ずかしくて、悔しかった。

番号札を交換した後、しばし自分の行動に幻滅していた私に、

ケニアから来たと言うその女性は、笑顔で話しかけてきてくれた。

どこに住んでいるのか、どこから来たのか、どこで働いているのか、などなど

何事もなかったかのように。

この時、

その女性をもうしばらく待たせてしまう後ろめたい気持ち

その女性のやさしさに対する感謝の気持ち

自分の視野の狭さを情けなく思う気持ち

国、年代、肌の色、母語も何もかも違う、共通するのはただこの瞬間、この場所にいることだけで

そんな女性にこんな出会い方をした、巡り合わせの奇跡を喜ぶ気持ち

それらが複雑に絡み合って、

しばし私を混乱させた。

手続きが終わり、最後に女性に

「迷惑掛けて申し訳なかった」

そう告げると、女性はこう言った。

「何で謝るの、私は本があるから大丈夫よ。仕事頑張ってね。」

後から考えてみると、あの場でお金を渡すことなく番号札を変えてもらうことは、

日本人か外国人にかかわらず、出来たのかもしれない。

しかし、生きてきた環境の全く違うケニア人の女性に、

一つのものさしでものごとを計ることしか出来なかった自分の愚かさに気づかされたことは、

私にとって大きな学びだった。

 

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