ダイヤモンド社が運営するメンター・ダイヤモンド学生記者クラブのBlogです。

日本の「貧困」の背景にあるもの

先日、中央大学と朝日新聞社が提携して開かれている講座で、

労働問題に関する講義が行なわれました。内容は「日本における労働の現状」…

 

その講演の中で、普段私たちには見えてこない日本の労働問題が浮き彫りになりました。

この講義を聞いてわたしはもっと日本の労働問題に目を向けていく必要があると感じました。

 

みなさんは、「貧困」と聞いて、どの国や地域を思い浮かべますか。

アフリカ、南アジア…

エチオピア、インド、バングラデシュ…

「貧困」といわれるとどうしても発展途上国といわれる国に目が行きがちですよね。

 

ステレオタイプだと思いますが、発展途上国のイメージから消すことのできない「貧困」…

しかし、「貧困」とは発展途上国だけで起きている問題ではありません。

わたしたちの住む日本でも深刻な影響を及ぼしています。

 

2008年のリーマンショックを機に世界は未曽有の経済危機に陥りました。

その影響は、日本でも深刻で、

多くの企業で人件費削減のために「派遣切り」が頻繁に行なわれるようになり、

年末には連日のように解雇された非正社員の様子がニュースで報道されていました。

その様子はみなさんの記憶の中にもあると思います。

 

そもそも、どうしてここまで多くの人がある日を境に路頭に迷うことになってしまったのでしょうか。

その原因の1つに2004年の製造業派遣解禁があげられます。

 

2004年まで安全上の理由から派遣の導入が禁止されていた製造業の派遣が解禁になり、

製造業において、賃金が安く、簡単に解雇することのできる非正社員が増加しました。

製造業派遣の多くは、都市部から離れたところで仕事を行なうので、

工場に隣接した寮で生活する労働者が多かったそうです。

そんな非正社員を取り巻く環境が派遣社員の大量解雇の際に、

仕事だけではなく住む場所さえも失う派遣社員を大量に出してしまうという結果に至ってしまったのです。

これは国の制度に問題があります。

 

日本の政府は、派遣業務を拡大した際に、

欧州などでは一般的に取り入れられている「均等待遇」という安全ネットを導入しなかったということが問題視されています。

 

「均等待遇」とは、同じ仕事をしていれば、派遣や請負の社員でも正社員と同じ賃金や待遇を受けられる原則です。

フランスをはじめ、ヨーロッパの国々の中にはこの制度を法律で定めている国もたくさんあります。

日本では、この制度を導入することにより、派遣社員の賃金が正社員の賃金よりも高くなるという現象が起こり、

人件費を削減したい企業にとって不利益になるということがあるためか、

この安全ネットは導入されませんでした。

 

そのため派遣社員の賃金は、正社員の賃金の半分以下で正社員と同じ仕事をしているという現象も起きています。

そのような賃金では、派遣社員はいくら働いても蓄えを作ることができません。

そして、2008年「派遣切り」と共に多くの派遣労働者は路頭に迷うこととなってしまったのです。

この問題に関して、派遣労働者が仕事を怠けているわけではないということを知ってほしいと思いました。

 

一見すると、働けばいくらでも稼げるのではないか、と思いがちですが、

現在の日本の派遣制度が、派遣社員が生活の蓄えを作ることを難しくしているのです。

日本の労働問題は、ますます多くの人に知ってもらい、改善されていかなければいけない問題なのではないでしょうか。

そのようなことを私はこの講義を受けて感じました。

 

私が今回の講義で「日本の労働問題」に関心をもったように、

もっと多くの人が労働問題について知ってもらいたいと思い

今回は「労働問題」を紹介しました。

みなさんも是非「日本の労働問題」を知ってください。

調べていくうちに自分の知らない現状が見えてくると思います。

 

(中央大学 上野 香織)

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日本の伝統芸能「和太鼓」を聞く

「和太鼓を耳にした経験はいつのことだろうか」

 

この問いに対し、大半の人が子供の頃に近所で開かれた祭り思い浮かべるであろう。何人かの人は和太鼓の音を聞くと、お祭りの気分、あのときのうきうきした気分になるだろう。かくいう、私がその1人である。その和太鼓の音を違った形で耳にすることがあった。

 

先日、私が所属する日韓学生フォーラムでお世話になった、「川崎太鼓仲間 響」という和太鼓サークルの無料公開練習が溝の口で行われた。ここに所属する若頭が初心者の私たちに対して、熱心に教えて下さり、実際に大阪で文化紹介を行ったときにも、わざわざ遠くから足を運んで頂いたので、このお誘いを頂いた時には「是が非でも足を運ぼう」と思った。

 

そして、実際に訪れたその公開練習は、「仙」という和太鼓グループと「The J.B.’F」という和太鼓グループが一緒に行うものであった。最近、ハードスケジュールで疲れが溜まっていた私は、コーヒーを1杯飲み干し、「寝てはいけない!」という心持ちで足を運んだのだが、彼らの演奏を耳にしたときに、それは無駄な心配であった。

 

演奏が始まると、今までに聞いたことのない太鼓のリズムの音、格好良い振り付け、太鼓以外にも笛の音、鉦の音が素敵なアンサンブルを作り出す。伝統的な曲からオリジナルの曲まで、迫力のある曲から静かな曲まで。幅広い表現が2時間の演奏時間を短く感じさせる。そして、太鼓の凛とした音は私を晴れ晴れとした気分にしてくれた。

 

彼らは9月中旬からアメリカで公演をする。そのための公開練習であったのだが、この公開練習を聞いて、素人ながら彼らのアメリカでの成功は間違いないだろうと感じた。彼らの旅の無事と更なる飛躍をここに祈る。

 

川崎太鼓仲間 響 ホームページはこちら

 

(青山学院大学 辻村映彦)

 

 

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外国人が日本に来て驚くこと…

外国人が日本に来て驚くこと…

  

それは!!!

  

日本人の丁寧さ☆

 

 

日本にきたフランス人の友達が言っていました。
フランス人にとって、日本のお店のサービスはかなり驚くものらしいです。
確かに、日本では「お客様は神様」という言葉があるように、サービス業、接客業において、お客様優先という考えが浸透していますよね。

 

 

先日新宿でフランス人の友達と遊んだ時のことです。
閉店時間が過ぎているある家電量販店の前で話をしていたわたしたち。
閉店時間を過ぎているはずなのに、店員さんが何やらバタバタしていて、店内もとても明るい…

 

わたしは、「あれ??閉店しているのに…」と不思議に思いました。
わたしたちは、「閉店後も忙しそうだね…」という話をしながら外からそのお店の中を見ていました。
すると、10分後くらいに店の中から出てくる1人の女性…

 

両手には、なにやらそのお店で買ったらしき商品を抱えていました。
その横には、笑顔で「ありがとうございます!!!」と挨拶をする店員さん。
そのときすでに閉店時間を1時間以上も過ぎていました。

 

その女性が店を出るとすぐに電気が少しずつ暗くなる店内。
わたしたちは、店員さんたちはその1人の女性のお客さんの買い物が終わるのを待っていたんだと感じました。

 

 

そのあと、日本の接客業の素晴らしさについて話していました。
フランスでは、閉店時間が過ぎたら店員は、早く帰るように促すんだそうです。
時には、怒ったり怒鳴ったりすることもある。
でも、日本人はいくら閉店時間が過ぎていても笑顔で対応する。
絶対に「ありがとうございます!!」という。

 

 

どうして日本人は、閉店時間を過ぎて買い物をしている人たちに、早く帰るように言わないのか…
どうして、暗に促すだけなのか…
閉店時間を1時間以上も過ぎても買い物していたお客さんに対して笑顔でいられるのか…
きっと、フランス人にとっては不思議だったんだと思います。

 

わたしは、その友達との話を通して、改めて日本のサービスは素晴らしいものだと感じました。
でも、今日の出来事を見て、
日本のサービスが素晴らしいものである反面、
そのサービス精神に甘えすぎている人が多いということも気づきました。
本人は、「お客様は神様」というサービス精神に慣れているため、

 

ここまでやってもいいんじゃないか、多少だと思う範囲が広すぎると思います。
でも、やっぱり日本にいては、甘えていい範囲がどこまでか、
気づく機会は少ないと思います。
わたしも、接客業のアルバイトをするまでは、
無意識のうちに店員さんに迷惑をかけていることが多々あったと思います。

 

やっぱり、日本のサービスは素晴らしいし、世界に誇れるものだと思います。
でも、そのサービスに慣れている日本人は気付かないこともたくさんある。
だからこそ、少しでも相手の気持ちを理解しようとすることの大切さを気づいていかなければ

ならないんです!!

 

そんなことを感じた1日でした。

 

 

 (中央大学 上野 香織)

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優しい国、日本の条件

 昨日は大学があったわけですが、電車に揺られながら帰路にぼんやりと考えていました。優しい国日本って、どんな国かなぁと。

 

 例えば電車に乗る時。

 

 夜に池袋発の小川町行などに乗る時は、皆が自分の席を確保しようと怒涛の勢いで流れ込み、我先にと席を目指しますが、もしそうじゃなかったら。

具体的に言うと、電車に乗っても誰も席に着かず、まずは辺りを見回してお年寄りや障害者の方や妊婦さん、小さな子供などに席を譲る。

そのあと、残った人たちがまたお互いに席を譲り合う。

そんなことがもしあったら…?

きっとその光景ってすごい優しさと笑顔で溢れてて、温かいものだろうなと思います。

もしそんな光景があったなら、どんなに疲れていても吹っ飛んでしまう気がする。

たとえ立ったまま終点近くまで乗ることになっても、なんだかいい気分♪と思いながら疲れ知らずになれるんじゃないかと。

 

 次に、某ファーストフード店を訪れて思ったこと。

お昼時でひとがたくさんいて、席はほぼ満席。

子供づれの団体が何組かあったのだけれど、空いているのは一人席のカウンター席のみ。

しかし、見回せば一人なのに4人席を使っている人がいる。

もしその人が家族づれに気づいて一人席に移動したとしたら。

座る場所に困っていた家族は助かるし、移動した側も感謝されてうれしい気分になるはず。

簡単なことで、こんなにお互いハッピーになれる!!

 

 そんな風に考えているとワクワクしてきて、きっとこの日本もそういう国になるんじゃないかという気がしてくる。

皆「親切にすること」がもたらしてくれる幸せの副産物に気づいていないだけで、日本人は優しい人たちだと思いたい。

所詮くだらない妄想と思う人があったら悲しいけど、こんな妄想でも信じて行動することで何かが変わるんじゃないかと最近思う。

人間も案外捨てたものじゃないなーと 笑

いつか笑顔が溢れる日本、韓国(ウンジョンの母国♪)、世界になったらいいなーとか、活動範囲は狭いけど心の中は自称グローバルな私が思ったのでした。笑

 

(獨協大学 丸賀江里子)

 

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着物de鎌倉花見散策

“Can I take  a picture with you??”

 

“Yeah!”何回このやりとりを交わしたか^^

 

 この前、仲良くさせて頂いている、お姉さんに誘われて、神奈川IYEOのイベント「着物DE鎌倉散策花見」してきました☆

 イベントの名前どおり、着物を着ることが条件。事前に聞いてみると他の参加者の方はみなさん訪問着とか。だけど私は訪問着は持っていない。wということで育穂は・・・・「振袖 de 鎌倉花見散策」!となりました♪

 

  この振袖は、成人式のために「これから海外で活躍するとき、きちんと日本の正装くらい着こなしてね」というありがたい両親の思いから、買ってもらったデザイナーさんの生地でつくられた、オーダーメイドという世界に一つしかない振袖。私にとって大切なもの。両親の思いもとても嬉しいし、グローバル化する世界に出る事があっても、日本のいい所を自分の中でしっかりと持って生きていきたい。加えてせっかくだからいっぱい着たい!!

 

 八幡宮に入るまでの通り段葛(=だんかずら)は桜のトンネル☆本当に最高にキレイでした。さて八幡宮は流石有名なだけ人がたくさんいましたが、私のお勧めは【本覚寺】。人があまりいなくて、ひっそりとしていて、桜も海藤も満開でステキでした。

 

着物で桜、満開の鎌倉を歩く。自然に伸びる背筋。態度や話し方も変わる。日本のいい所を堪能しつつ自分がその一部に自然となっている。なにか、とてもすがすがしい気持ちがしました。

 

写真は段葛の一番最高に映るスポットで撮りました(写真左)

 

 東京ではもう桜は緑になっていますが、ちょうど昨日東北で桜が見ごろを迎えた事をTVで見て、改めて日本って細長くて、段々と季節が移ろいで行くものなのだなと思いました。

 

日本の和を堪能するこんな企画。皆さん体験してみたらいかがでしょうか♪

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日本と韓国の教育の違い(中央大学 重村辰旭)

先日、韓国の学生と飲む機会があった。

 

韓国の学生と飲むとき、決まって話題に上がるのが、日韓両国の教育熱の差である。

韓国は、世界でもトップレベルの教育水準であり、その熱たるや世界一と言っても過言ではないかもしれない。

日本の教育も高水準にあるとは言え、年々世界の教育先進国から脱落しつつある。
さらにその熱はもはや「教育立国よ、どこへ行く」と言わざるを得ない状態である。

 

 

ただ日本が悪いというわけではない。

韓国の教育熱はある意味異常であるからだ。

日本のセンター試験にあたる修学能力試験では、学生の気が散らないように官公庁とも出勤を1時間遅らせたり、遅刻した学生のために救急車やパトカーで護送する体制が整っているというのは、大抵の方がご存知かもしれない。

 

驚くべきは、少なくとも私が会ってきた韓国の学生の多くは、「18年間の生活は、たった1日の修学能力試験のためにある」と言うことだ。これはやや大げさに聞こえるが、能力試験の1科目が終わるごとに自殺者が出るのを見るにつけ、あながち冗談と割り切ることは難しい。

 

さらにこの修学能力試験で良い成績を出し、晴れて成功者の切符をつかんだ人(=良い大学に入れた人)も、またここから有名な企業に入るための熾烈な競争に参加することになるのである。大学生活も、履歴書や面接のネタ作りのためと捉える学生も多く(私自身、この考えを否定はしないが)、皆良い子であるために、必死で勉強するのである。ちなみに語弊を恐れずに言えば、韓国は日本よりもはるかに学歴主義が強く、ここで良い大学に入ることが出来なかった人は、20歳にも満たぬ歳にして、人生の負け組の烙印を押されてしまうそうである。

 

やや脱線したが、教育熱の異常さは、街の美術館に行ってもわかる。そこには日本とは全く異なる光景広がっているのだ。定年後の方や学生の多い日本と比べて、韓国では圧倒的に若い親子連れが多い。美術館で良い絵を子供に見せて感性を養ってもらうためだという。しかしそこにあるものは純粋な芸術への興味というよりも、もはや強迫観念ではないかと思ってしまう。

 

 

また若いうちから子供に英語を覚えさせるために、妻と子でアメリカに渡り、夫が韓国に残り生活を切り詰めながら仕送りをすることがよくある。この状態は「キロギアッパ(雁のお父さん)」と呼ばれ、社会問題ともなっている。

数字から見ても韓国の教育熱のすさまじさは明らかである。日本の一世帯あたりの所得に占める養育費が4%であるのに対して、韓国はなんとその3倍弱の11%である。

まだまだ韓国の教育熱の高さを物語るエピソードを上げれば枚挙に暇がないが、とにかくエリート街道から外れないように、皆、必死なのである。まさに弱肉強食、ここまでやるかと思ってしまう。韓国のえげつない教育熱(≒上昇志向?)に眉をひそめたくななる。

 

 

ここまで韓国の教育を批判じみた文章で伝えてきた。

しかし韓国人からの批判を恐れて、というわけではないが、日本の教育熱の“低さ”も異常であると言わざるを得ない。

日本は韓国とは真逆で、とにかくやらない。やらなすぎる。

大学はその最たるもので、授業で寝る学生がいるのはもはや前提として、一回も出なくても単位が来る授業があるというのはもはや驚くほどでもない。これでは学生が必死になることはない。

高校でも勉強をしなくても全く問題はない。高校3年の夏までさぼっていても、エリートコースへの道は依然閉ざされない。

さらに中学校や小学校では「十人十色」「みんな平等」という大義名分の下に

競争を美徳としないきらいさえある。上下の概念を排除するのだ。

これでは教育に熱が入らないのも、なんら不思議ではない。

 

 

日本と韓国の教育熱の差・・・極端である。

 

そして韓国の学生とこの話題について語ると、いつも決まって上のような議論が繰り広げられ、

結局「日本と韓国の中くらいがちょうどいいのにね」という結論に至るのである。

なんとも非生産的な議論なことか。

 

 

ここで私は一つの論題を提示してみたい。

ちなみに日本と韓国どちらの教育の方が良いのか、ということについて語るつもりはない。

私がしたい議論とは「日本と韓国の教育ではどちらの方が大変か」ということである。

一見、議論するまでもなく韓国ではないかとの意見が出そうだが、

この論題について私自身、強く考えることがある。

論題に対する私の意見は、次のブログで。

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素朴な疑問-どうして海外?(早稲田大学 福田佳那子)

先日、祖母の家に帰省したときに投げかけられた
「どうしてみんな海外に目を向けるのかわからない。私にはかっこつけのように見える」
の疑問に未だに私は答えられないでいる。
と、同時にずばっと本心をつかれた気がして私は動けなかった。
もしこの質問に答えがあるのなら、教えてほしい。
私はいくら考えても祖母を納得させるほどの答えが見つからない。

ことの発端は、祖母に自分の夢を話したことから始まる。
私の夢はキャスターになることだ。
世界中を飛び回り、いろんな人や物事にふれる。
そして、ありのままに起こっている出来事を私の言葉で世界中に発信する。
いいことも悪いことも、感動した出来事も、衝撃を受けた出来事も・・・
「国際協力もしたい!!世界には貧困や内戦、紛争が溢れている。
私はほんのちっぽけな力にしかなれないけど、少しでも傷ついている人の役に将来なれたらと思う」
そう祖母に語っていた。
本当に素直な気持ちだった。と、同時に将来への夢がどんどん膨らんでいった。
しかしその気持ちは祖母の的確な意見とともに一気にしぼんだ。
まるで、風船が針にあたり空気が抜けていくごとくー・・。

「かなちゃんを含め、今の若い人はどうして海外へと目を向けたがるの?日本は平和な国だと思って
いるかもしれないけど、年金をもらえない人、保険をとりあげられて病院にいけない人は溢れてるの
に。自分の国で苦しんでいる人がたくさんいるのにどうして海外へ支援しに行く人が増えてるのか、
おばあちゃんには理解できないよ。昔は日本を良くしようと皆が一丸となっていた。
けど今は日本をあきらめる人が増えている気がする」

そして祖母は極め付けにこう放った。
「海外に目を向けているとかっこよく見えるのだろうね」

衝撃が走った。なにも言い返せなかった。
日本という国を捨てたわけではないし、この国を将来良くしたいと思っている。
けど、日本で身近におきている出来事に目をそむけていることは確かだった。
高齢化が進み孤独死が増えている現実。ホームレスが年々街に増えている現実。
保険金が払えなくて病院に行けない子供がいる現実。
たくさんたくさん問題を抱えているのは日本でも同じなのに、どうして・・・?

私は祖母の質問に答えられなかった。
そしていまだにその答えは見つからない。

みなさんは日本から目をそむけてはいませんか?

 

 

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