国際石油開発帝石株式会社
  人事部長は語る MD学生記者クラブが取材しています  
世界石油会議ユースフォーラム 南長岡ガス田見学
 

 何のため、誰のために働くかと問われれば、大げさかもしれませんが、私の場合、それは国のため、人のためと答えます。

 私が通商産業省(以下、通産省に略)に入った1958年というのは、日本の高度経済成長がちょうど始まろうとしていた頃で、先進国に追いつこう、一人前の国家になろう、と万人共通の目標があり、日本全体に熱気がありました。

 ところが、1973年に第1次石油ショックが起き、世の中の空気が一変します。
 いわゆる第4次中東戦争が起きた結果、原油価格が4倍にはね上がり、世界経済を直撃。日本では、トイレットペーパーや洗剤の買い占め騒動が起きインフレが進行していたさなかに、まさに火に油を注ぐこととなって日本経済は麻痺してしまったのです。

 緊急事態として省内の石油の経験者が招集され、私も同僚ともども文字どおり不眠不休で対策の立案・推進に努めました。新しい法律の整備、供給・需要双方の企業からの実情聴取、それらを踏まえ対策の肉づけ、連日連夜の閣僚会議をはじめ各省庁との折衝、大臣の国会答弁資料の作成、国会での質疑の補佐など、やるべきことが次から次へと押し寄せます。昼に注文した出前が夜になってようやく食べられ、帰宅する機会もめったになく2時間ほどソファで仮眠して、また仕事を始めるという毎日が続きました。



 

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